インタビュー

7/31は蓄音機の日。蓄音機の音を体験できる「名曲喫茶ヴィオロン」で、蓄音機のお話を聞きました

7/31は蓄音機の日。1877年のこの日、エジソンが蓄音機の特許を取得したことが、その由来になっています。
蓄音機というと、少なくともその名称を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。どのようなものかと聞かれれば、レコードを載せるいわゆるターンテーブルに、ラッパのついた形状のレトロな機械を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。そんな、まったく知らない訳ではない蓄音機ですが、では、蓄音機の鳴らす音を実際に聴いたことはあるでしょうか。特に若い方でその経験のある方は少ないかもしれません。一般に普及したのはひと昔前で、現在聴きたいと思っても、現在では所有している人も少ないため、なかなか聴ける機会がありません。

いまやヴィンテージ機器と言える蓄音機ですが、東京都杉並区阿佐ヶ谷に、その音を味わえる喫茶店があります。以前から噂に聞いていましたが、そのお店、「名曲喫茶ヴィオロン」(以下、ヴィオロン)にある蓄音機は、名機と名高い「クレデンザ」なのです。

普段、B-o-Tではデジタルに関連する話題ばかり扱っていますが、今回の話題は蓄音機です。蓄音機の日にちなんで、ヴィオロンを訪ね、店主の寺元健治さんに、蓄音機のことやお店のことを伺いました。

■古き良き時代の重厚さと温かみが感じられる喫茶店

JR阿佐ヶ谷駅の改札から北口を出て左に伸びるスターロード商店街。この商店街を数分歩くと、ヴィオロンがあります。

JR阿佐ヶ谷駅からスターロード商店街を西に少し歩けば、ヴィオロンに着きます

通りに面した扉を開けて中に足を踏み入れると、空気が一変したことに気づかされます。アンティークな調度品をしつらえた店内の雰囲気は、落ち着いていて、「レトロ」の一言で軽く済ませられない、古き良き時代の重厚さと温かみが感じられます。

ヴィオロンの店内には風格のある調度品が。右にはアップライトピアノも

店内の中央は一段低くなって特等席のようにソファが並んでおり、その左右と手前の三方を横木で仕切って囲む高い部分は、立見席やバルコニー席のよう。まるで音楽ホールをコンパクトにしたかのような造りです。そして、ホールならステージに当たる正面奥には、上部に大きなホーンが背を伸ばしたスピーカーがあり、その前に、蓄音機の「クレデンザ」が鎮座していました。
ヴィオロンは12時から営業(火曜定休)。オープンから17時頃までの「レコードタイム」には、店内の真空管アンプを使ってLPレコード(以下、LP)を流しており、その後閉店までの「ライブタイム」には、アコースティックライブコンサートが行われています。蓄音機を使うのは、毎月第3日曜日の18時から開催されている「SPレコードコンサート」の時。このコンサートは2001年に始まってもう200回を数え、取り上げられるのはクラシックをはじめ、邦楽、シャンソン、タンゴなど様々。それぞれの専門家が加える解説も人気です。

■蓄音機は、それ自体が一つの楽器のようなもの

このクレデンザは米国ビクター社製の蓄音機。1925年のものとのことで、もうすぐ100年を迎えようというヴィンテージ機器です。

現在普及しているレコードプレイヤーは、レコードの溝に合わせてレコード針が振動するのを電気信号に変換し、アンプで増幅して再生しますが、この蓄音機は電気を通していません。1926年に電気蓄音機(電蓄)が出てくる前の機器であるクレデンザは蓄音機の最終バージョンと言えるものなのだそうです。「針の振動をサウンドボックスというメカニズムで直接増幅しているから完全に生音。蓄音機というのは、まさにそれ自体が一つの楽器のようなものなんです」と寺元さんは語ります。

クレデンザ。天板を開けてSPレコードをセットし、針を落とす。前面の扉を開いて、そこから出る音を聴く。箱の形状の中に、2.7mの「エクスポネンシャル・ホーン」と呼ばれる複雑な渦巻きホーンがあり、それで低音が出るようになっているといいます

■美作さんが買い与えてくれたクレデンザ――中野「クラシック」との出会い

ヴィオロンが開店したのは1980年。その当初からあったというクレデンザは、中野にあった名店「クラシック」のマスターだった美作七朗さんが買い与えてくれたのだそうです。
寺元さんが初めて「クラシック」に行ったのは16歳の時。当時店内ではLPだけをかけていましたが、店内にあった膨大な数のSPレコード(以下、SP)をみて「これを鳴らしましょう」と提案し、そのための機械を作り始めます。美作さんはそんな寺元さんに食事や学費の世話をしてくれたのだそうです。「音の勉強をしなさい」とクレデンザを買い与えてくれたのは1970年のことでした。
「美作さんからは『音の勉強をしたければ、この蓄音機を聴くか、世界の名ホールを回りなさい』と教わり、今もずっとそれを守っています」と寺元さん。「クラシック」との出会いは、ただお店に出会っただけではない、決定的なものでした。

入ってすぐの席に腰を下ろすと、横木に仕切られた先にクレデンザがみえます

ヴィオロンの造りにも音の響きへのこだわりがありました。美作さんの教えを守って世界の名ホールを回った寺元さんは、ひと頃その近くに住んでいたというウイーン楽友協会ホールのほぼ1/25の設計にしたのです。
「ホールステージの指揮台からの眺めの美しさは本当に素晴らしく、音の響きも覚えています。それで、ヴィオロンも地下を掘って部屋の周りを空洞にしました。スピーカーのところがステージ、という風になっています」と寺元さんは説明してくれました。設計には、同じく足繁く通ったというロンドンのヴィグモアホールもミックスされているそうですが、前述した音楽ホールのような印象の理由はここにあったのですね。

「ヴィオロン」という店名も、海外での経験から来ていました。「フランスに住んでいる時、SPを買い漁っていて、蚤の市で「バイオリンコンチェルト」と何度言っても通じない。店主のおじいさんから「ああ、『ヴィオロン』のことだね」と言われて、あ、これは美しい言葉だなと思って、店名にしたんです。」

寺元さんご自身は特にバイオリンがお好きとのこと。店内には有名な演奏家で教本の先生としても知られるカール・フレッシュの肖像が飾られていました

■SPのことを、SPの本当の音を、伝えたい

クレデンザでSPの音を味わえる「SPレコードコンサート」の案内には、「21世紀にこれだけは残したいSPの名演奏」と書かれています。2001年に今のような正規のプログラムとしてスタートする前は、お店の営業が終わった後、近所の子どもたちに蓄音機を聴かせていました。蓄音機を知らない人が多く、なんとか若い人たちに伝えたいと考えたといいます。

LPは毎分33回転でSPは78回転。SPは片面3~5分程度だが情報量が多いとその優れたところを挙げる寺元さん。SPについて、正しく広めたいと考えています。そもそも、LPは「Long Playing」の略ですが、SPは「Standard Playing」の略。「Short Playing」と間違う人がいますが、「Standard=標準」という意味なのです。また、「レコードが真っ白になるほど聴き込んだ」と言う人がいますが、それは使い方をわからず、レコードを破壊している状態なのです。
「SPのレコード針は片面に1本と決まっています。それが正規の使い方で、針缶の裏面にも書いてあります。昔日本は貧しく、1本の針で10~20面平気でかけていた。だからレコードが擦り減る。レコードは傷むものではありません。針の使い方を間違えなければ、半永久的に使えるんです」と語る寺元さん。SPレコードコンサートを続けているところにも、そうした誤解を解きたい、SPの本当の音を伝えたいという想いがあります。ほかにも、針の種類や、その振動に横振動と縦振動があることなど、様々なことを教えてくださいました。

SPは、20世紀に入ってから1950年代まで一般に市販されていたといいます。寺元さんが生まれた1953年はそれより後。そもそもなぜSPに魅せられることになったのでしょう?
「田舎のおばがやっていた洋裁のファッションショーでポータブルの蓄音機を使っていて、私はゼンマイを巻く役でした。すでに東京では電蓄(アンプとスピーカー)の時代でしたから、ラッキーだったんですね。そのおばが電蓄を買ったためその蓄音機をもらって家で聴きました。『どうしてゼンマイだけでこんな大きな音が聴けるのか……』という感動ですね、そこが自分の音の原点なんです。」

取材時、寺元さんがゼンマイを巻いてくださり、ドヴォルザークの「ユーモレスク」(クーレンカンプ演奏)を拝聴。バイオリンの豊かな響きが、当時の演奏家の存在を感じさせるように、ヴィオロンの静かな空間に満ちるのを感じました

ヴィオロンとその蓄音機の背景や決定的な出会いなど、貴重で興味深いお話を伺い、もっと蓄音機やSPについて知りたくなりました。
今回の取材の発端となった記念日の由来となった1877年からもう140年以上。時代は流れ、音楽の聴き方も変遷してきました。今、CDやデータで音楽を聴いている方も、一度、蓄音機で、SPで残された偉大な演奏家たちの名演奏を体験してみてはいかがでしょう。普段とまた違った音楽の価値を発見できるかもしれませんよ。

ヴィオロンの客層は年齢が幅広いそう。来店者はこの空間に愛着を感じてくれていると聞いて大いにうなずけました。最後にヴィオロンに興味をお持ちの読者にメッセージをお願いしたところ、「大きい音で広い空間で音楽を聴くと良いですよ。それと、適当に遊びにいらっしゃいということですね。好きな空間で音楽を聴いてね、いろんな人がいろんな状態で使っていただけたらと思っています」と優しく語った寺元さんが印象的でした。

<参考>
名曲喫茶ヴィオロン
東京都杉並区阿佐谷北2‐9‐5
火曜定休
http://meikyoku-kissa-violon.com/

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